電電アパート(NTT社宅)の研究


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近年、廃止・取り壊しが急速に進む電電アパート(NTT社宅)についてちょっと研究してみました。公団住宅と違い、資料が少なく調べるのが極めて困難な電電アパートですが、頑張って調べた結果色々なことが分かってきました。このページでは、その一部をまとめて紹介したいとおもいます。


1.電電アパートとは?

電電アパートとは、NTT(日本電信電話株式会社)の前身である電電公社(日本電信電話公社)が建設した社宅のことを言います。
数十世帯の小規模なものから100世帯以上を収容するものまで、全国至る所に存在します。
私は、電電アパートが公団住宅と似ている点が多いため、てっきり住宅公団の特定分譲住宅(企業の依頼を受けて住宅公団が建設した住宅)だと思っていたのですが、電電アパートは電電公社自身、「日本電信電話公社建築局」によって設計されたものであることが分かりました。



2.電電アパートの歴史と特徴

電電アパートは、ただの「社宅」という一言では片付けられない魅力を秘めています。
社宅の建設を担当していた電電公社建築局は、一企業の建築部署としてはかなり大きく、しっかりした部署だったそうで、社宅建設に関して一貫した理念とこだわりを持っていました。スターハウスを大量に採用しているあたりが、まず他の企業や団体と明らかに違うし、住棟配置図を見るとかなりのこだわりが感じられます。間取りに関しても公団よりも先にDKスタイルを採用し、配膳台を用意するなど面白い点が沢山見られます。

昭和20年代、公務員住宅・国鉄アパート・公営住宅など、みな住宅の規格化を目指して様々な標準設計が誕生しました。電電アパートも正確には分かりませんが、昭和20年代後半には標準設計が出来ていたようです。また、電電アパートは、公団住宅ほど戸数は多く無いものの、住宅の規格化にはかなり意欲的だったそうです。
昭和30年代〜40年代あたりにかけては、標準設計通りの規格化された中層住宅を機械的に大量建設し、昭和50年代あたりからは従来の設計と異なった個性あふれる社宅を建設しています。新しいものにはプレキャストコンクリート造の工業化された建物が多いようです。

時は経ち…2006年ごろ、各所で着々と進めていた大規模修繕やリフォームを止め、急に築30年以上の社宅を中心に取り壊しを始めました。急な方針の転換です。メンテナンスコストが高いというのが理由だそうですが、古く狭い社宅では空き家が多かったことから単純に不要になったから壊し始めたのかなあという気もします。

ちなみに電電アパートは、公団住宅以上に住棟間隔を空け、ゆったりと建てられています。間取りも同じ時期の公団住宅より広いです。
そして面白いのが、社宅の設計図面を見たところ、間取り図のダイニングキッチン部分にダイニングテーブルの位置が書かれていたことでした。つまりこれは、当時の電電公社建築局が住宅公団と同じ理念で、ダイニングテーブルのある暮らし(つまり洋風の生活)の浸透に積極的であったことを示しているのではないかと想像できます。



3.電電アパートの代表的作品

数が多すぎて、全国の社宅を挙げるときりが無いので、首都圏に建設された代表作をUPしていきます。

(いまは何処も「NTT○○社宅」のように呼ばれていますが、当初は「電電○○アパート」と呼ばれていたようです。)




〜標準設計に即した社宅〜


花小金井東社宅西社宅

昭和36〜37年築。昭和30年代の電電アパートの中で最大規模の敷地面積を誇るマンモス社宅。全33棟、うちスターハウス14棟。電電東・電電西の愛称で親しまれた。東社宅は約6ヘクタール(サッカーフィールド約8.5個分)の敷地面積に板状住棟12棟とスターハウス10棟しか建っていないという贅沢さが自慢。
共立建設の50周年コンテンツに竣工当時の上空写真が載っている。



竣工当時の西団地の様子。周りは田んぼしかない。(写真引用元:日本電信電話公社建築作品集)


猿楽町社宅

代官山駅からすぐの一等地にある社宅である。階段室が屋根より上に張り出す構造は、昭和20年代の公営住宅によく見られるデザインであるが、ここもそうなっているので、かなり古い物ではないかと思われる。ベランダには洗濯板用の流しがついている。



柏木社宅

大久保駅からほど近い一等地に建てられた社宅。北側にスターハウスが3棟。
 



▼大宮前社宅

デザインを見る限り昭和30年代初期のものと思われる。庇のある住棟と無い住棟がある。住棟間隔が広い。
 




▼中野千代田町社宅

公団牟礼団地とも似た雰囲気を持った年季の入った社宅である。花小金井12号棟タイプと14号棟タイプ?
 



中村一丁目社宅

昭和30年代初期の建物。庇が無い。2階建て住棟と4階建て住棟で建設年度が異なる。
 



▼千歳船橋社宅

庇が無い中層棟と2階建て住棟で構成されている。
 




▼吉祥寺社宅・練馬関町社宅

NTT武蔵野研究開発センター(旧武蔵野通信研究所)の近くに建っている社宅。練馬関町社宅の1・2号棟は昭和30年代、以降は昭和40年代に建設されたそうである。




玉川中町社宅

中央広場を囲む配置。花小金井アパートとほぼ同時期に建設か?昔は中央にプールがあったらしい(mixi情報)。





神代アパート社宅

テラスハウスと2階建てフラット住棟と中層スターハウスのみで構成される社宅。昭和30年代に建設されたと思われる。NTT研修センターに隣接している。





青梅橋社宅

NTTの「青梅橋グラウンド」に隣接する社宅。公団ラドバーン形式に近い配置。ボックス型ポイントハウスが配置されている。昭和44年に完成。
 


竣工当時の青梅橋プール。(写真引用元:日本電信電話公社建築作品集)



その他、辻堂社宅や柏木社宅、中村一丁目社宅など多くの社宅が存在する。



〜新設計の社宅〜


東村山社宅
初期の標準設計による旧棟と、新しい設計によるPC造の新棟が併存している。旧棟は昭和40年代築かと思われる。





武蔵藤沢社宅

新時代の社宅。建設年度不明だがおそらく昭和50年代ではないかと思われる。
中層棟もあるが多くがスキップフロア型の高層アパートで、晴海高層アパートを彷彿とさせる外観。
 




上祖師谷社宅

「何とかこのよき空き地を東京の端に残してアパートを建てられないだろうか」と設計者が述べた成城の一等地に建つ有名な社宅。地域住民や専門家との協議の上で、驚くべき広さのオープンスペースを確保されている。特徴的なメゾネット型高層住棟2棟で構成される。

※新建築などの建築雑誌にも掲載されているので検索してみると良い。東大のサイトにも解説が載っている。


 


その他有名なものに、筑波社宅があるそうです。