公団ウォーカー

雨を告げる漂流団地

 2022年9月16日公開の映画「雨を告げる漂流団地」にて公団ウォーカーが団地監修として制作のお手伝いをさせていただきました。作中でたくさん団地の姿が描かれていますが、団地に詳しい人でないと分からない細かい描写がたくさん隠れています。このページでは、みなさんが映画を見る上で知っておきたい団地のことをまとめました。


漂流団地の舞台となったひばりが丘団地

 雨を告げる漂流団地のモデル(聖地)は、かつて西東京市・東久留米市に建っていたひばりが丘団地です。ひばりが丘団地は、皇太子殿下(当時)や各国の要人が視察に訪れた大規模団地で、公団住宅(UR団地)の代表的存在でした。ひばりが丘団地はすでに建て替えが完了しており、一部の棟を除き現存しません。「鴨の宮団地」という名前は私の発案で、鴨の行列が「家族」を思い起こさせることと、かつて公団住宅の募集で鴨のマスコットを使っていたことから「鴨の宮」でどうでしょうと石田祐康監督に提案したところ採用されました。

国土地理院航空写真2009年撮影
 タイトルクレジットの背景は、2009年頃のひばりが丘団地の鳥瞰です。
ひばりヶ丘団地上空から
 ひばりが丘団地をモチーフにしつつ、住棟の色、給水塔の外観・本数など監督によるアレンジがいくつか加えられています。航祐が住む「鴨の宮団地112号棟」は背高のっぽの5階建てにアレンジされました。公団住宅の設計では「冬至4時間日照ルール」というものがあり、階数が多くなるごとに住棟間隔を広くとらなければなりません。ひばりが丘団地45号棟(4階建て)の位置に航祐の棟(5階建て)を配置するにあたり、住棟を実際の位置より南側に寄せることで住棟間隔を広く取り、よりリアリティを出しています。
団地案内板
 団地を貫く弓形のメイン道路は、灯籠流しを行なった河川に置き換えられています。小学校から航祐の棟までの通学ルートは、実際のひばりが丘団地の配置図を使いながらリアルに設定されました。
57-4N-3K
 航祐たちがいた部屋は、ひばりが丘団地の「標準設計57-4N-3K-3型」という間取りがモデルになっています。この型番は「1957年度版、4階建て・北側エントランス(North)、3居室とキッチン、3つめのバージョン」という意味です。本編は5階建てにアレンジされているので「57-5N-3K-3型」と呼ぶべきでしょうか。 間取り図の居室(3)の押し入れは、団地に一人潜入していた夏芽が寝ていた場所です。本作では内装や建具も実際に存在した住戸(公団ウォーカーが内覧したいくつかの部屋)を基に極めて忠実に再現されています。映画「団地への招待」に登場するのもこの間取りですね。バルコニーの取付位置が後発の団地と異なり、仕切り板を破ると隣の階段の住戸に抜けられます。

分かると面白い団地のあれこれ

 作中で子供たちが団地の中でサバイバル生活を送りますが、その中にはたくさん団地特有の施設・設備が登場します。物語の中で重要な役割を果たしながらも、団地に住んだことがない方にとっては知らないものが多いと思います。団地の細部を理解した上で観ると、また違った楽しみ方ができるかもしれません。

幼き航祐と夏芽が走る団地の通路

帰り道1 帰り道2
 オープニングシーンで幼い航祐と夏芽が団地の間を走り抜けていきます。瑞々しい緑が溢れるかつての団地の姿を見せてくれるこのオープニングシーンは、涙なしでは見られません。ひばりが丘団地はモータリゼーション以前の団地で、住棟の前の通路は歩行者用の小道になっています。広い芝生の中に小道が張り巡らされているため車の気配が無く、まるで公園の中に住棟が建っているようでした。緑が瑞々しいこのオープニングは、かつてのひばりが丘団地の特徴を見事に描いています。

団地についている突起は「焼却炉の煙突」

小型焼却炉の煙突
 団地の屋上で喧嘩した夏芽が登った突起は、小型焼却炉用の煙突です。コンクリート製の四角い構造物の中に小型焼却炉から伸びる鉄製の煙突が収められていました。煙突の下には鋼鉄製の小型焼却炉がありましたが、全て撤去されています。昭和30年代の日本では、都市部を除き行政がごみ収集を行うという仕組みが確立されていませんでした。ひばりが丘団地では、紙ゴミは住棟妻側の小型焼却炉で各自燃やす方法が取られていました。大変便利だったそうですが、多くの団地で煤煙が問題となり小型焼却炉は廃止されました。 

閉鎖された住棟入口のベニヤ板

閉鎖された団地
 団地建替時は、住民に立ち退いてもらわないといけません。かつて公団は、建て替え事業が始まると当該団地の新規入居者募集を停止し、全員立ち退きが終わった階段から順次ベニヤ板で封鎖し南京錠で施錠していました。かつての建て替え事業では、封鎖してから工事着工まで長い時間がかかってしまい、団地の廃墟化・ゴーストタウン化が起きてしまいました。「おばけ団地」という表現は、一部の団地で実際に使われていたのではないかと思います。現在の建て替え事業では、定期借家の仕組みをうまく活用することでベニヤ封鎖から解体工事着工までの期間が短くなり、廃墟化する団地はほとんど見られなくなりました。

航祐の『新しい家』とは建替え棟のこと

パークヒルズ
 航祐が「お前ら、新しい家でスマブラやりたくねえか」と言うシーンがあります。『新しい家』とは、団地の建替え事業により新しく建てられた新棟(ひばりが丘パークヒルズ)のことです。「戻り入居」と言って、古い棟から立ち退いた住民は、新しい棟に入居できます。熊谷家は上下階に2住戸借りて分かれて住んでいましたが、『新しい家』では一緒に暮らす予定だったとか。『新しい家』の仏壇が置いてある部屋は、ヤスジイの部屋になる予定だったのですね。

剥がれ落ちる住棟番号

住棟番号
 団地が漂流する直前に、住棟番号のタイルがペリっと剥がれるシーンがあります。同じ形の建物がずらりと立ち並ぶ団地では、住棟番号が自分の場所を確認するために重要な役割を果たしています。住棟上部の、遠くからでも見やすい場所に設置されていました。住棟番号は、昭和50年ごろまで黒いタイルを使用しており、1枚1枚職人さんがタイルを加工して文字を形作っていたため独特のフォントに仕上がります。最近は、このタイルの剥離落下が問題となり、外壁修繕に合わせて除去される例が増えています。ちなみに本編では「112号棟」が漂流しますが、この112という数字には特に意味はないそうです。

「給水塔」とは団地特有の水道施設

多摩川住宅ハ号棟給水塔
 太志が遠くに見える街並みを見ながら『給水塔も見える。俺たちの街だ。』と言うシーンがあります。この「給水塔」は、水を建物より高い場所に溜めておく水道施設です。水道本管にかかっている水圧だけで水を供給しようとすると、どうしても上の階に行くほど水圧が弱まり水の出が悪くなります。そこで給水塔を設置し、建物よりも高い位置に水を貯めておくことで、そこより下にある各住戸に水自体の重さによりほぼ均一に水圧をかけられます。給水塔は、団地の中で一番目立つ構造物になるためかっこいいデザインのものが多く、ファンになる人も多いです(いわゆる給水塔マニア)。最近は、水道の増圧直結方式への切り替えや、給水塔自体の耐震性の問題により建て替えしない団地でも給水塔が取り壊される例が急増しているようです。作中の『鴨の宮団地』では、ひばりが丘団地に実際にあったものとは異なり、公社多摩川住宅などで見られる「とっくり型給水塔」が複数本描かれています。
多摩川住宅遠景
 多摩川の対岸から見た多摩川住宅です。雨を告げる漂流団地の公開直前に、5基ある給水塔のうち1基(ホ号棟)が解体されました。偶然とは言え、何か運命を感じました。

落下の衝撃を吸収したスノコとイカダになった浴槽

団地の風呂
 珠理が落下したときにぶつかった水色の板は浴室床のスノコです。ひばりが丘団地を含む初期の団地では、モルタル剥き出しの床の上にスノコが置いてありました。珠理が落下した時、劣化したスノコが衝撃を吸収したため、致命傷にならずに済んでいるように見えます。
 ひばりが丘団地の浴室には、ほぼ正方形の小さい浴槽が設置されていました。URに「ライフアップ工事」を申し込むと、家賃が上がる代わりにセミオート式大型浴槽に交換してくれるという仕組みになっていました。

開けるのにコツがいる木製サッシ

木製サッシ
 ひばりが丘団地の窓は全て木製サッシでした。鍵は「ネジ締め錠」と言って、開閉にちょっとテクニックが要ります。航祐が慌ててバルコニーに出る際、ガチャガチャと扉をいじりますが、このネジ締め錠を開ける動作です。

令依菜が愕然としていた和式便所

和式便所
 昔はほとんど流通していなかった「洋式便器」を東洋陶器(TOTO)に大量生産させ、我が国に洋式トイレを一気に普及させたのは日本住宅公団でした。しかし昭和35年ごろまでの団地では和式トイレの団地がたくさんあり、ひばりが丘団地も3Kと2DKの部屋は和式トイレが採用されました。男性の小便器としても使いやすいよう便器が一段上がった場所に設置されているのが特徴で「汽車便」や「列車型」などと呼ばれていました。

夏芽と航祐が話し合ったバルコニー

バルコニー内 バルコニー全体
 バルコニー越しに航祐と夏芽が語り合うシーンがあります。ひばりが丘団地の中層棟は、2DKと3Kと1DKの住戸がありましたが、このようにバルコニー越しに会話ができるのはこの3Kの住棟のみです。2DKと1DKの住棟は、隣接住戸の間に物置と仕切り板があるため、首を外に出さないと会話ができません。

取り壊される鴨の宮団地

解体工事 解体中の住棟
 ひばりが丘団地では、養生シートで全体を覆わずに解体工事を行なっていました。おかげさまで解体の様子がよく観察できました。壁式構造のためだと思いますが、上から順に壊すわけではなく横からゴリゴリと壊しています。最後に壁一枚になった団地の姿はちょっと切ないですね。

通学シーンで現れるスターハウス

53号棟
 全面建替が完了したひばりが丘団地の中で、このスターハウス(53号棟)は現存しています。耐震補強が行われ管理サービス事務所として利用されています。スターハウスの前には、昭和35年に皇太子殿下(当時)が視察に訪れ、手を振られた74号棟208号室のバルコニーが展示されています。ご見学の際は、マナーを守ってお静かにお願いします。

おわりに

 団地のことを知ると、本作がますます面白く感じられると思います。ぜひ、身近にある本物の団地をぶらぶらと歩いた後、もう一度本作を観てみてください。きっと一回見た時には気が付かなかったことが色々発見できると思います。本作でモデルになった3Kの住戸は現存しませんが、松戸市立博物館(千葉県松戸市)に常盤平団地、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)に赤羽台団地、江戸東京博物館(東京都墨田区・2025年度までリニューアルのため閉館中)にひばりが丘団地を再現した展示がございます。本作に登場する部屋とそっくりです。とても面白いので、一度行ってみてはいかがでしょうか。

公開直前ビジュアル
 映画公開直前ビジュアル(雨を告げる漂流団地公式サイトより引用)

団地巡りのお供に

 
 拙著「日本懐かし団地大全」にも現役時代の「ひばりが丘団地」の写真をたくさん掲載いたしました。団地のことを知ったうえで映画を見ると更に楽しめると思いますので、是非是非ご覧ください。
日本懐かし団地大全




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