日本住宅公団村上団地
千葉県八千代市村上 公団賃貸・分譲併存 昭和51年入居開始
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東葉高速鉄道線村上駅から徒歩15分ほどの立地ですが、団地完成時はまだ開通していなかったため、京成線勝田台駅からバスでアクセスしていました。郊外の広大な土地に誕生した村上団地は、ひとつの街として完成度が高く、拠点性が高い商店街や歩車分離が徹底されたペデストリアンウェイ、賃貸と分譲の絶妙な組み合わせなど公団の長年のノウハウの集大成となっています。現在はアクセスも改善され、それなりに人気のある団地になっています。

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団地の中央を背骨のように歩行者専用道路が貫いています。この道路は、北側に位置する米本団地まで繋げる構想があったのだそうです。中央部の高層棟は主に賃貸住宅で、南北の中層棟は分譲住宅です。

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村上団地が建設された昭和50年代は、ちょうどオイルショックと重なり、公団住宅が高い・遠い・狭いのいわゆる「高遠狭批判」に晒された時期になります。村上団地も例に如く高家賃かつ駅から遠く、30平米台の狭小住戸が大量供給されてしまうこととなり、大量の空き家が発生してしまったのでした。現在は、そこそこ広い一人暮らし向けの家として需要があるそうです。

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公団伝統の高層ポイントハウスです。団地の中央部に連続的に配置されています。この時代のポイントハウスはPC工法なのですね。

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北側にもバルコニーがある住棟

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妻面がタイル張りの中層棟は分譲棟です。他の団地もそうですが、エレベーターにわざわざ乗らないと部屋にたどりつけない高層棟よりも中層棟の方がハイクラスと考えられていたようです。

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団地中央を貫く歩行者専用道

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住棟番号もタイルで表現

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エリアごとに案内板が立てられていました。

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スキップフロア型もありました。

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真冬に来てしまいましたが、春に来たら並木が綺麗だったでしょう。

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住民の方々が餅つき大会を行っていました!楽しそうです。

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妻面のタイルも棟ごとにデザインが微妙に違うのです。

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高層ポイントハウスが景観のアクセントになっています。周囲に田畑が残る地域ですが、このポイントハウスのおかげで都会っぽさが出ています。

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高層棟です。戸数稼ぎのため1DKが大量供給されました。

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手すりが錆びて、メンテナンスがあまりされていない住棟がありました。どうやら集約化事業(一部住棟の取り壊し)の対象になっているみたいです。

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このポイントハウスも取り壊し対象のようです。

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団地の商店街の入り口

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商店街です。

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団地の中央部に高層住棟が集中配置されています。セブンイレブンが出店していました。

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団地の中央部にあるポイントハウスは綺麗に塗り替えられ、耐震補強も済んでいるようでした。

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さまざまな種類の高層棟が立ち並んでいます。

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