日本住宅公団阿佐ヶ谷住宅
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前ページに引き続き、17〜21号棟東側のコモンです。

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本当にいろんな木が生えていますね。

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おとぎ話の国のような風景

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住棟番号のタイルの色も棟ごとに微妙に変えてあるようです。
中央広場の風景
団地のメインゲートとなる杉並高校側の入り口からまっすぐ歩いてくると、突き当たりにあるのが中央広場です。中央広場では、かつて運動会などが行われていたそうです。南側には桜がたくさん植えられていました。私有地ながら、南阿佐ヶ谷エリアの住民にとってオアシスのような存在になっていたようで、春になるとかなり多くの方が花見に訪れていたようです。

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コモンとは異なり、外に開かれた雰囲気なので、たくさんの子連れが遊びに来ていました。

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ブランコの後ろにある建物は管理事務所

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子連れが本当に多いです。

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桜の木の下ではいくつかのグループが宴会をしていました。私自身も、花見シーズンにここで団地愛好家の集まり(いわゆるオフ会)を行ったことがあり、大変思い出深い場所です。

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阿佐ヶ谷住宅は、公団の中でも最古級の団地でありながら、高齢化が話題となったことはありませんでした。その理由は、おそらく総戸数の8割近くが法人所有だったからではないかと思われます。つまり、部屋のほとんどが「社宅」として使われていたため、居住者の入れ替わりが激しかったというわけです。

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阿佐ヶ谷住宅の大多数が法人所有だった理由は、時代背景にあります。まだ「集合住宅を所有する」という概念は一般的ではなかったうえ、低利率の住宅ローンも存在しない時代でしたから、個人に対してはほとんど売れなかったというわけです。おかげで、昭和30年代の前半は、一時的に公団分譲住宅の供給がストップしています。分譲用に作った団地を急遽賃貸用に変更したりという混乱もありました。

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中央広場はクローバーで覆われていました。

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ここも夏になると鬱蒼としてきます。管理費のうち植栽の維持管理に占める割合は相当だったらしいですよ。

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公道から見た風景
団地内の公道(ループ道路)からの風景をお送りします。コモンの風景ももちろん素晴らしいのですが、ゆるやかなカーブを描く道路からみたテラスハウス群もなかなかのものです。設計者の津端修一氏は、公団の設計基準を多少逸脱してでも中庭をゆるやかに囲む住棟配置を実現するため、なるべく南面並行配置を避けることを意識していたそうです。

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往年は、杉並区コミュニティバス「すぎ丸」のルートにもなっていました。

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周囲の住宅街と見事に調和しています。

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杉並高校側のメインゲートからの風景。樹木がまだ茂っていなかった頃は、中央広場の後ろにそびえ立つ中層フラット群までのロングビスタ(視界の抜け)を楽しめたことでしょう。このロングビスタという概念は、津端修一氏のこだわりどころだったらしく、他の団地でも意識されていることがわかります。

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三角屋根のテラスハウスが引き立つのは、箱型のテラスハウスがほどよくミックスしているからだと思います。

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公道とテラスハウスの間に公道と私有地の緩衝帯ともいうべきかわいい小道が配置されていました。

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阿佐ヶ谷住宅東側の道路です。敷地境界に立っているブロック塀は、後から建てられたものだと思われます。ちなみにこの道路の東側半分程は、元々用水路(開渠)でした。赤い車止めはその名残です。

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給水塔前

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屋根の並びがリズミカル。

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(c) 2005 Terui Keita